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札幌地方裁判所 昭和54年(ワ)5048号 判決

原告

吉田弥史

被告

桑原政範

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、

一  被告は原告に対し、金二二二万三三九七円及び内金二〇二万三三九七円に対する昭和五四年九月二日からその支払の済むまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因及び被告の抗弁に対する認否として、

一  原告は左記の交通事故(以下「本件事故」という。)によつて傷害を負つた。

1  発生日時 昭和五二年九月五日午前八時一〇分頃

2  発生場所 札幌市中央区南二条仲通西八丁目路上

3  加害車両 被告の保有及び運転にかかる原動機付自転車(札い六八二二番)

4  被害者 原告(昭和四九年三月一三日生)

5  事故態様 被告が事故発生路上を南側から北側に横断歩行中、被告が加害車両を運転して前記場所を東から西に向けて運行するうちに、左把手部分を被害者の顔面に接触させて、原告に頭部外傷、前額部左上眼瞼部裂創、左眼窩部打撲の傷害を与えた。

6  結果 原告は本件事故の日から同月二九日までの二五日間、中村脳神経外科病院に入院し、三箇月毎に脳波定期検査を要するので、その後昭和五四年八月九日まで同病院に通院した。また昭和五四年六月二八日から同年七月三日までの六日間、北大附属病院に入院し、整形外科手術を受けた。

二  責任原因

1  被告は加害車両を保有し、自己のため運行の要に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法(自賠法)第三条の責任を負う。

2  本件事故現場付近は、商店街であつて買物客の通行が頻雑であり、歩車道の区別がなく通常は歩行者用道路となつているのであるから、被告としては進路前方の路上へ両側の家、物陰、駐車中の車の陰から人が出て来ることは容易に予測し得たのであつて、従つて路上に停車中の車の側を通過する被告としては、前方、左右及び車の陰等に細心の注意をしてその安全を確認すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と時速四五ないし五〇キロメートルの猛速度で進行した過失により、本件事故を惹起したものであるから、民法第七〇九条の責任を負う。

3  被告の主張のうち、本件事故発生場所が駐車禁止の道路であること、原告の父吉田博明が自己の乗用車を道路左側に停車していたこと、同人が車を下りて道路の反対側にある同人経営の喫茶店に入つたこと、原告も車から下りて道路を渡ろうとしたこと、原告の母吉田静子が右乗用車の後部座席にいたことは認めるが、被告車両に構造上の欠陥、機能障害がなかつたことは不知、その余はすべて否認する。

博明及び静子は、日頃から原告に対し、道路を横断する際には常に左右を確認すべきことを注意していたし、本件事故は、博明が一時車を下りた際に発生したものであるが、原告が同人の後を追うことは博明には当時予見し得ず、また同路上が商店街であることから車から出ようとする原告を引き止めなかつたことも静子の過失ではない。従つて原告の監督義務者である博明及び静子に監督上の過失はない。

三  本件事故によつて原告が被つた損害は次の通りである。

1  医療関係費 七二万二四九七円

(一)  治療費 八万三八九七円

(二)  入院雑費 一万八六〇〇円(一日六〇〇円として三一日分)

(三)  入院付添看護料 一五万五〇〇〇円(一日五〇〇〇円として三一日分。被害者幼児のため、実母静子が付添看護をしたが、静子は一日五〇〇〇円の所得を有していた。)

2  通院・自宅療養付添看護料 四六万五〇〇〇円

被害者幼児のため、退院した昭和五二年九月三〇日から同年一二月末日までの九三日間を実母静子が付添看護にあたつたが、静子には一日五〇〇〇円の割合による所得があつたところ、右付添看護のために右金額を失い、同額の損害を受けた。

3  入通院慰藉料 一〇〇万円

原告は本件事故発生の日である昭和五二年九月五日から昭和五四年八月九日までの間、前記(第一項5)記載の傷害により、入院一箇月、通院二二箇月を必要とし、更に形成外科手術及び定期的脳波検査を受けなければならない状況であつたので、これに対する慰藉料としては金一〇〇万円が相当である。

4  後遺症慰藉料

本件事故によつて原告の顔面には一一センチメートルの線状瘢痕が残つた。この著しい醜状のため、原告は幼稚園において他の園児から非難を浴び、性格が内向的、陰うつに変化するなど人格形成に大きな障害となつており、更に脳波上途波成分が認められるために場合によつては計り知れない後遺障害が生ずる可能性があるなど、不安定な精神状態に置かれている。右苦痛を金銭に換算すれば少なくとも金一五七万円を下回ることはない。

5  将来の治療費 四四万七〇〇〇円

原告顔面の盛り上つている線状痕は北大病院で形成手術を要するがその治療費は四四万七〇〇〇円であると見積りされている。

6  弁護士費用 二〇万円

被告は任意の支払に応じないため、原告は本件原告訴訟代理人に本件訴訟の提起・追行を委任し、弁護士費用として二〇万円を支払う旨を約した。

7  控除額 一七一万六一〇〇円

原告は、自賠責保険から、入院雑費一万二五〇〇円、入院付添看護料六万円、慰藉料七万三六〇〇円、後遺症保険金一五七万円、以上合計一七一万六一〇〇円の支払を受けたので、右金額を損害額から控除する。

四  よつて原告は被告に対し、未払損害金合計二二二万三三九七円及び弁護士費用を控除した二〇二万三三九七円に対する弁済期の後であることの明らかな本件訴状送達の日の翌日である昭和五四年九月二日からその支払の済むまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

と述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求の原因に対する認否及び抗弁として、

一  請求の原因第一項は認める。

二1  同第二項1は認める。

2  同2は争う。被告は加害車両を時速約三〇キロメートルで運転し、前方に十分注意しつつ左側に停止していた乗用車の右方約一・五メートルを進行しようとしたところ、そのボンネツトの陰から原告がいきなり小走りで飛び出してきたため本件事故が発生したのであり、被告に過失はない。また加害車両に構造上の欠陥も機能上の障害もなかつたから、被告は損害賠償責任を負わない。

3  また仮に被告に責任があるとしても、本件の場合には、原告の監督義務者である父博明及び母静子に監督上の過失があるから、右過失を損害額の算定に斟酌すべきである。即ち本件事故発生場所は駐車禁止地域であるにも拘らず、博明は自分の車を道路左側に駐車した上、道路を渡つて反対側にある同人経営の喫茶店に入つたものであるが、この時に原告がその後を追つて車から道路に飛び出す可能性は十分予見されたが、右両名はこれを放置していたものである。

三1  同第三項1は認める。

2  同2は否認する。原告は昭和五二年九月三〇日の退院後、同年一二月末日までの通院は一回のみで、自宅療養の必要はなかつた。

3  同3も否認する。原告の実質通院はせいぜい合計十数日である。

4  同4も否認する。

5  同5も否認する。

6  同7は認める。

四  同第四項は争う。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一  昭和五二年九月五日午前八時一〇分頃、札幌市中央区南二条仲通西八丁目路上において、被告が加害車両である原動機付自転車を運転して東から西に進行中、同地点を南側から北側に横断しようとしていた原告の顔面に左把手部分を接触(本件事故)させ、このために原告は頭部外傷、前額部上眼瞼部裂創、左眼窩部打僕の傷害を負つて、右同日から同月二九日まで中村脳神経外科病院に入院し、更に昭和五四年八月九日まで同病院で通院加療を受けたこと、及び同年六月二八日から同年七月三日まで北大附属病院に入院して整形外科手術を受けたことは当事者間に争いがない。

二  また被告は加害車両を保有し、自己のため運行の用に供していたことも当事者間に争いがないから、被告は本件事故によつて原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う(自賠法第三条)。ここで被告は、本件事故の責任は専ら車の陰から飛び出した原告にあると主張するので、この点につき判断するに、成立に争いのない甲第五号証及び被告本人尋問の結果によれば、本件事故現場は通称狸小路と呼ばれる商店街であり、買物客の通行が多いため、午前八時ないし午前一〇時の二時間を除いて歩行者用道路となつていること、被告は二、三日に一度は本件事故現場を通つていること、本件事故当時、被告は原動機付自転車を運転して現場にさしかかつた際、左側に乗用車が停止しているのを認め、他に車両や通行人はいなかつたが、それまでの時速約三七、八キロメートルから時速約三〇キロメートルに減速して、右乗用車の右側方約一・二メートルを通り抜けようとしたこと、前方は注視していたが、左右への注意は必ずしも十分ではなかつたこと、この時右乗用車の前方から出て道路を小走りに横断しようとしていた原告を発見し、急制動又は急転把の余裕もなく右自転者の左ハンドルを原告の顔面に衝突させるに至つたことが認められる。

してみれば、左右の確認をせずに道路を横断しようとした原告に事故の原因の一端はあるにせよ、被告としては、本件事故日に他の車両や人の通行を見ていなかつたとしても、通常買物客の通行が頻雑であることから、一日のうち大部分が歩行者用道路とされていることに留意して、歩行者や子供の路上への飛び出しがあつても対応できる速度で進行すべきであつたということができるから、被告に過失がなかつたとすることができない。

三  次に被告は、原告が当時三歳半の幼児であつたことから、その監督義務者であるその両親の過失を主張するので、この点を検討するに、法定代理人博明及び同静子各尋問の結果によれば、本件事故当時、博明は自分の車に原告、静子及びもう一人の子を乗せて原告を保育園に送り届ける途中、その経営する喫茶店「ラペー」に米一袋を届けるため、事故現場に車を停めて「ラペー」に入つて行つたこと、助手席にいた原告は自分で車のドアを開けて博明の後を追おうとしたこと、車のドアは原告にも開けられる状態であつたが、これまで原告にそのような行動はなかつたため、当時後部座席にいた静子はもう一人の子供の世話に忙しく、原告が下りることに気付かなかつたことが認められる。

してみれば、それまで原告が一人で車を下りるような事態がなかつたことから、既に三歳半に達した今回もそうだと軽信して、車内にいながら目を離したままで、車両通行時間に原告が車のドアを開けることにも気付かなかつた静子には監督上の過失があるものといわなければならない。静子の右過失はいわゆる被害者側の過失として、原告の損害を算定するにあたつて斟酌すべきものである。而して右過失の割合については、既に述べた諸々の事情、殊に本件事故現場の道路が通常は歩行者の通行を重視する扱いとされていることに注目すれば、本件事故中被害者側の過失は全体の二割に止まるものとするのが相当であると解される。

なお本件事故現場の道路が駐車禁止道路であることについては当事者間に争いがなく、被告は博明が右道路に車を停めていたこともその過失として主張するが、前示認定の通り、博明が右場所に車を停めたのは、自己の経営する喫茶店に物を下すためであり更に同人尋問の結果によればその時間も一分に満たない程度のものであつたことが認められるから、これは道路交通法上の駐車には該当せず、問題とする余地のないものである。

四  そこで進んで原告の損害について判断する。

1  治療費八万三八九七円、入院雑費一万八六〇〇円及び入院付添看護料一五万五〇〇〇円が本件事故に帰因する原告の損害であることについては当事者間に争いがない。

2  通院・自宅療養付添看護料については、成立にいずれも争いのない甲第三号証、同第四号証、同第六号証及び同第七号証の各一によれば、昭和五二年九月三〇日に原告が中村脳神経外科病院を退院した後、同病院で通院加療を受けたのは同年年末までの間には一〇月三日の一日のみであつたことが認められる。してみれば年末一杯まで原告が自宅で療養し、静子が付き添わねばならなかつたとする必要性は疑問であるだけでなく、前示の通り原告の負傷は顔面であることから、日常の起居に付添を要する事態であつたとも解されない。従つて原告の右請求は現実に通院した右一日に関する付添料五〇〇〇円分を除いて認めることができない。

3  入通院慰藉料については、第一項に記載した当事者間に争いのない事実に、前記甲第三号証、同第四号証、同第六号証及び同第七号証の各一、成立にいずれも争いのない同第六号証の二ないし六、同第七号証の二ないし五、同第一〇号証ないし同第一三号証によつて認められるところの、原告は昭和五二年九月三〇日から昭和五四年五月二四日までの間に中村脳神経外科病院に約五日、昭和五二年九月二七日から昭和五五年三月一六日までの間に北大附属病院へ八日各通院して診療・治療を受けた事実、殊に通院期間に比して実通院日数が僅少であつたことを考え合せて、金四〇万円をもつて相当と認める。

4  後遺症については、前記甲第一〇号証ないし同第一二号証を総合すれば、本件事故の後遺症として昭和五五年三月六日の段階において、原告の顔面には、額中央部から眉間、鼻梁部分にかけて全長約一一センチメートルの線状瘢痕が残り、五〇センチメートル離れて識別できる状態であることが認められ、これは自賠法施行令付属別表後遺障害等級表第一四級第一一号に該当するものと考えられるが、他に弁論の全趣旨によれば、原告が幼児であつて右瘢痕が人格形成上に悪影響を及ぼす恐れがあること及び再手術を要する状況にあることが認められるから、これらの事情も総合して、後遺症に対する慰藉料は金一〇〇万円をもつて相当と認める。

5  将来の治療費については、これは原告の主張によれば原告の顔面の右瘢痕を除去するためのものであるというところ、前記の通り、同瘢痕の現状に即して後遺症慰藉料を算定したのであるから、右慰藉料に加えてこれを除くための将来の治療費を損害として加算することはできないものと考えられる。従つて原告の右主張は認めることができない。

6  原告が本件事故につき、自賠責保険金から合計一七一万六一〇〇円の支払を受けたことは原告において自陳するところであるから、右金額は当該原告の損害賠償請求債権額から控除すべきものである。

さてここで右控除後の金額を計算してみると、原告の損害総額は一六六万二四九七円(本項1ないし4)、そのうち本訴において被告に請求できるのはその八割(第三項参照)である一三二万九九九七円(円未満切捨)となるところ、右に述べた通り、原告は既に一七〇万円余の填補を受けているのであるから、もはや被告に請求できる未払分はないものとしなければならない。従つて弁護士費用の請求も不相当である。

五  以上を総合すれば、原告の本訴請求には理由がないからこれを失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決した次第である。

(裁判官 西野喜一)

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